「北欧モデル」「オウルの奇跡」から何を学ぶ?:日経新聞の記事に寄せて

オウルの「夏のサウナ」(2022.9)
オウルの「夏のサウナ」(2022.9)

「北欧起業圏「自らを再生する街」 救うのは企業でなく人」(12月5日付『日本経済新聞』朝刊)という記事は,ノキアの携帯電話機事業の危機に見舞われた北部フィンランドの都市オウルが,大量の失業者を出しながらも,その後いかにして産業転換と回復を成し遂げたのかをうまく紹介している.そのポイントは,(1)公的資金によって既存企業・産業を救うのではなく,人材に投資したこと,および,(2)起業を促進したこととされている.そして,充実した福祉国家が人材の流動を支えていることが強調されている.特に「企業ではなく人を救うべく投資をする」という考え方は,オウルでの産業転換を理解する上で重要なポイントだと思われる.これは,既存企業を合併させて,そこに公的資金を投入した日本の場合とは明確に異なっている.

 

日本でも,いわゆる「新しい資本主義」政策(?)の中で,リスキリングなどの「人への投資」が強調されていることは周知の通りである.この記事が紹介するオウルの事例は,こうした現内閣の方針を後押しするような意味合いを持っているようにみえる.

 

しかし私見では,人材投資や起業支援策は,オウルの産業転換を説明するストーリーの半分でしかない.いくら人材を作り出したとしても,彼らの「行き先」を作り出せない限り,人材投資は産業転換に結びつかないことは自明である.私見では,オウル地域で特筆されるべきなのは,デジタルヘルスケアや循環型経済(circular economy)など,転換すべき産業分野を,地域の産官学労が集まって定め,そうした産業の基盤を作るための投資を確実に行ったことである.それはいわば,地方自治体や大学が中心となって実施した地域産業政策だと言うことができる.またこの動きを促進するために,公的需要を作り出すなどの形で,市役所の他部門も貢献した.例えば2010年以降,オウル市や周辺自治体は,ヘルスケアのデジタル化を積極的に進めたが,ここでは福祉サービスの効率化とともに,産業振興も明確に意図されていた.これがヘルスケアデバイスの起業の基盤として役に立つのである.

 

主に(政治的・経済的)リベラル派が推奨する社会的投資戦略もそうなのだが,日本では,政策的な人材投資が経済成長に役立つという観点が強いように思われる.リベラル派も正統派も,産業・雇用創出の方向性をどうするかという問題意識が少ないという点では全く共通しているのではないか.人材投資は,産業転換や包摂的な成長(inclusive growth)にとって重要なことは言うまでもない.しかし,そうして作り出された人材の行き先として,良質な雇用と新しい産業を作り出すという観点があまりにも弱くないだろうか.そして,その方向性を打ち出す上で,個々の企業・企業家頼みに過度になってしまっていないだろうか.雇用と産業の新しい方向性を見いだす上で,地方自治体の力量と権限を高め,地方大学と協働していくことが重要ではないのだろうか.

 

多くの人は,北欧モデルというと人材育成・投資を思い浮かべ,その重要性に思いを馳せる.それは間違いなく重要なポイントである.しかし,雇用・産業の方向性をこうして協働的に見出していく,有り体に言えば「民主主義的」なあり方にこそもっと目が注がれるべきではないだろうか.産業・経済分野と「民主主義」「熟議」などとは,日本ではお互いに全く縁遠いように見えるが,実は案外そうとも言い切れないということであり,非常に面白い.

 

※オウルでの産業構造転換については,次の拙稿で詳述している.

https://researchmap.jp/read0203643/published_papers/38243849