「グローバル人材」

最近Facebookで,2人の友達がこれについて書いていた.


気になってgoogleで"global human resource"を検索してみると,たいていはglobal human resouce managementというような形で使われているようだった.つまり"global"の語は例えば"management"に掛かっているのであって,往々にして"human resource"には掛かっていないようである.ちなみに検索結果のうちにはJapan Timesの広告記事の1件があった.それはご丁寧にも引用符付きで"global human resource"とされていて,この用語法が日本的なものであることを強く示唆していた.


加えて,ものづくり系のコンサルタントとして海外見聞の多い方に尋ねてみた所,欧州・米国はもちろん台湾,香港などでもそういう呼び方はしないとのことだった.もちろん,これらの国・地域の企業がすでに著しく国際化している結果,あえてそういう呼称をする必要がないからかも知れない.あるいは,「グローバル人材」という考え方自体が存在しないのかも知れない.


何が言いたいのかというと,「グローバル人材」という用語法はもちろん,そういう発想法というか思考様式自体が<日本的>なのかも知れないということだ.「グローバル人材を求める」という発想法は,「世界中のどこにもいない人」=幻影を求めているに過ぎないのかもしれず,所謂「神様スペック」の人をそう称しているだけかも知れない.


いやいや,その言葉は現実に日本企業・経済・社会のニーズを反映しているんだよという反論もあるだろうし,「それらしい」人が確かに求められていることは否定できないだろう.しかし少なくとも,「グローバル人材」という言葉を使うことは,事実関係を明確にするよりも曖昧にする効果があること,それゆえに人々(特に学生)を浮き足立たせるアジテーション効果が強烈にあることくらいには,自覚的になった方がいいように思われるし,そうして欲しいとも思う.


ともあれ,何故日本では「グローバル人材」という言葉がこれほどに疑いなく通用するのかというのは,雇用慣行とか企業組織の特質に根ざした,なかなかに根深い問題だと思える.

【追記】研究室の院生(韓国出身)によれば,韓国でもグローバル人材に似た表現があるとのこと.それには,日本と同様の意味に加えて,海外留学から帰国した人をも指すようである.だとすれば,韓国と日本とは共通性が大きいようだ.